philosophy理念
「如己愛人(にょこあいじん)」
「如己愛人」とは、「自分を大切にするのと同じように、目の前の人を大切にする」という思いを表した言葉です。
愛隣園は、この理念を土台に、子どもたち一人ひとりのいのちと権利を尊重し、その子らしく生きていけるよう支えていきます。
家庭で暮らすことがむずかしい子どもたちにとって、安心して甘えられる大人の存在や、「ここにいていい」と思える居場所は欠かせません。
愛隣園では、子どもたちの喜びや悩み、戸惑いや怒りも含めてそのまま受けとめ、自分自身のことのように心を寄せる姿勢を大切にしています。
また、「如己愛人」の実践は、子どもと職員の関係にとどまらず、地域や関係機関とのつながりにも広がっています。
互いを思いやり、ともに支え合うことで、子どもたちを地域全体で見守り育てていく環境づくりをめざします。
一人ひとりの子どもに丁寧に向き合い、その子のペースで成長していけるよう寄り添い続けること。
それが、愛隣園が掲げる「如己愛人」の理念であり、日々の実践の中で大切にしていることです。
指導方針
児童憲章の精神を遵守し児童を住みよい環境の中で自由と自活を尊重しながら「己の如く汝の隣を愛すべし」隣人愛をモットーに明るい豊かな文化生活を営ませ独立心を損なうことなく各個人の個性を伸ばし教養を高め正常な社会人となるよう育成指導する
「愛隣園」の由来
愛隣園の理念「如己愛人(にょこあいじん)」は、聖書の言葉「己の如く汝の隣人を愛せよ」に由来しています。 初代園長の父・三浦 豊氏は、『長崎の鐘』で知られる永井 隆博士と親交があり、県医師会の被ばく視察団長として長崎の“如己堂”を訪ねた際、郷里で始める児童養護施設の名前を「愛隣園」とすること、その意味が「聖書の基本理念である“自分を大切にするのと同じように隣人を愛する”こと」であると伝えました。 この話を聞いた永井博士は、その志に祝意を込めて「如己愛人」と腹上で揮毫され、その書が昭和25年から現在まで、愛隣園の歩みを見守りつづけています。
施設長挨拶 greeting
ここには、さまざまな背景をもつ幼児から高校生までの子どもたちが暮らしています。
それぞれの違いを大切にしながら、ひとりひとりの明日を、自分のことのように願って、日々子どもたちに向き合っています。
うれしいときは一緒に喜び、つまずいたときにはそばで支える――その積み重ねが、
「ここなら安心していられる」「自分もがんばってみよう」という気持ちにつながると信じています。
本体施設やグループホームを通じて、より家庭的な環境づくりにも努めています。
見学やご相談、採用に関するお問い合わせも、どうぞお気軽にお寄せください。
愛隣園の雰囲気と私たちの想いが、少しでも伝われば幸いです。
児童養護施設 愛隣園
施設長 迎田 浩二
法人概要 overview
| 法人名 | 社会福祉法人 愛隣園 |
|---|---|
| 理事長 | 三浦 一水 |
| 施設長 | 迎田 浩二 |
| 設立 | 1950年4月1日 |
| 事業開設 | 1954年4月 |
| 定員 |
42名 (本体32名、小規模12名) |
| 所在地 |
〒861-0551 熊本県山鹿市津留1910番地1 |
| 電話番号 | 0968-43-2773 |
| FAX番号 | 0968-44-5737 |
history沿革
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1947年(昭和22年)
児童福祉法制定
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1949年(昭和24年)
三浦豊氏と長男洋一氏は、六男八水氏へ児童福祉への事業参画を薦められ、目的達成の為、郷里の家・田畑を提供する決意をした。 三浦八水氏(当時19歳)鹿児島県三州原少年学園 (精松園長)のもとで共同生活研修実施。
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1950年(昭和25年)
少年試験観察事業「愛隣園」として創立。 熊本県家庭裁判所から委託を受け15歳~18歳までの 少・青年男子と山林田畑の農業開墾を行い、有志職員と 寝食を共にしながら社会で正しく生き抜く力を育む事を 目的とする事業として始まった。 (昭和29年3月までに52名の青少年たちが巣立って行った) 第一回クリスマス会「九州学院高等学校生徒」のボランティア訪問を受ける。

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1952年(昭和27年)
現名誉理事長三浦牧子が島津岬牧師の導きにより 鹿児島県指宿市より三岳の地「愛隣園」へ。
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1953年(昭和28年)
永井円信先生と三浦八水園長が 「運営の理念」を「愛隣園の歌」に託して作詞。
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1954年(昭和29年)
児童福祉法による「養護施設」に事業変更(定員30名)
町村合併により鹿本郡三嶽村津留が「山鹿市津留」になる。 -
1956年(昭和31年)
園舎を増築、(定員50名)に変更。
定期的に振り返りを行い、必要に応じて支援内容を見直します。 社会福祉事業法に基づき「社会福祉法人」を組織し 法人名称を「愛隣園」とする。 -
1960年(昭和35年)
初めての食堂が完成。
(H16よりコミュニティホール愛隣園) -
1961年(昭和36年)
児童野球チーム「施設球技九州大会」初出場。(鹿児島)
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1965年(昭和40年)
児童棟を新築。
(初めて全児童が児童ホームに居住できるようになる。) -
1972年(昭和47年)
児童及び事務棟2階建を新築。
(小規模グループホーム・グリーンハウスとしてH16改築。H31事務所へ) -
1978年(昭和53年)
職員寮を新築。
(小規模グループホーム・オレンジハウスとしてH16改築。) -
1978年(昭和53年)
初代社会福祉法人理事長参議院議員となる。
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1981年(昭和56年)
農事組合法人「愛隣農園」設立。
(20年ぶりに米作りを再開する。一町二反) -
1983年(昭和58年)
新食堂ホールの完成。
(後の小規模グループホームレインボーハウス) -
1983年(昭和58年)
新食堂ホールの完成。
(後の小規模グループホームレインボーハウス) -
1984年(昭和59年)
軽費老人ホーム「愛隣荘」新設。(定員50名)
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1988年(昭和63年)
身体障害者療護施設「愛隣館」新設(定員50名→現定員70名)
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1992年(平成4年)
児童ホームを全面建て直し新築。
(現ホワイトハウス・4ユニット) -
1993年(平成5年)
特別養護老人ホーム「愛隣の家」新設。(定員50名)
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1994年(平成6年)
社会福祉法人愛隣園評議員会設立。
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1997年(平成9年)
児童福祉法の改正により
「養護施設」から「児童養護施設」に改称。 -
1999年(平成11年)
児童バレーボールチーム「施設球技九州大会」初出場。(佐賀)
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2000年(平成12年)
「児童虐待防止法」施行。
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2004年(平成16年)
児童養護施設愛隣園が50周年を迎える。 「愛隣の家」グループホーム事業を開設。
(認知性高齢者の方々のために) -
2005年(平成17年)
鹿北町・鹿本町・菊鹿町・鹿央町・山鹿市が一つの市に合併
(新市名山鹿市) -
2006年(平成18年)
児童養護施設愛隣園グループホーム(小舎制による運営)開始。
個室率60%達成 心理面談・ファミリー面談ルーム(いこいの部屋)完成。 -
2007年(平成19年)
地域小規模児童養護施設(彦岳ハウス)定員6名
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2009年(平成21年)
『児童の代替的養護に関する指針』国連採択
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2013年(平成25年)
児童養護施設愛隣園(本体定員を10名減らし40名)とする。
個室率90%達成 小規模住居型児童養育事業(定員6名) ファミリーホーム『森の家』創設 -
2019年(平成31年)
地域小規模児童養護施設(てお杉の家)定員6名
地域小規模児童養護施設(パールハウス)発足
児童養護施設愛隣園小規模化に伴い本体施設定員を30名とする。
すべてのホームが定員6名となる。
ファミリーホーム『森の家』を分園型小規模グループホーム
(定員6名)へ事業変更
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2023年(令和5年)
個室率100%達成
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2026年(令和8年)
児童自立生活援助事業2型開始
オレンジハウスを分園型小規模グループホームへ
